10/14(木) ザルツブルクからザルツカンマーグートを経てウィーンへ

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 この日も一日長いバスの移動である。まずザルツブルクから北へ向かい、ドイツ国境の小さな町、オーベンドルフへ行く。ここの10人も入ればいっぱいになってしまうような教会が「きよしこの夜」が初めて歌われた所だ。クリスマスの直前になってオルガンが壊れてしまい、当時のこととて職人を呼ぶには間に合わず、急遽コーラス用に作曲されたのだという。

「きよしこの夜」の教会

  そこから南へ反転して湖水地方、ザルツカンマーグートを巡る。最初に寄ったのはザンクト・ギルゲン。モーツァルトの母アンナ・マリアの生家がある町で妹ナンネルもこの町に嫁いでいる。役場の前には少年モーツァルトがヴァイオリンを弾いている像があるが、添乗員のY嬢の注目してほしかったのは、この広場にあるポスト・ホテルの壁画である。そこにはオーストリアの成り立ちが描かれていた。

役場前の少年モーツァルト像

ポスト・ホテルの壁画

 ヴォルフガング湖のほとりにピンク色の建物があり、これがモーツァルトの母の家である。壁にはアンナ・マリアとナンネルのレリーフが飾られている。ここでしばし買い物休憩。現地ガイドはかならずこうした提携した土産物店に連れていくのだ。

モーツァルトの母の家

家の壁のレリーフ

 次は湖の反対側にあたるザンクト・ヴォルフガングへ行き、白馬亭で名物の鱒料理で昼食となる。大きな鱒のフライが一匹出てきて、なかなかおいしい。つけあわせのポテトもいける。

白馬亭

 昼食を終えてバート・イシュルへ。ここはザルツカンマーグートの中心地で皇帝の保養地として栄えた町である。皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベートが出会った思い出の地でもある。添乗員のY嬢、時間の都合でここは通過とも考えていたのだが、シシー(エリザベート)ファンの、親子連れ(お母さん)の希望でカイザーヴィラを見学。時間の都合で中に入らなかったのはこの人にとっては残念なことだったろうと思う。団体旅行ではそれぞれがいろいろな目的を持って旅をしているので、一つ一つのスケジュールがあるひとにとっては重要なこともあるわけで、添乗員さんの苦労するところである。

バート・イシュルの「カイザーヴィラ」

 ここからグラーツに向けて進む。車窓の風景はチロリアンスタイルからスラヴィックスタイルへとだんだん変わっていく。グラーツに到着したのは午後5時過ぎ。この町はオーストリア第2の都市で、あまりなじみのない町だが、旧市街は中世の面影が残るすてきな町である。ここの城はナポレオンが侵攻に手こずったため、すべて破壊され、唯一市民の懇願で残された大きな時計台が町のシンボルとなっている。ケーブルカーで城山に昇り、時計台を見る。確かに巨大である。若いカップルも多い。ここはグラーツの市民にとってファースト・キッスをする場所なのだという。5時半になると一斉にあちこちの教会の鐘が鳴り響きだした。沈みかけた夕日に照らされ、煉瓦色の町並みが浮かび上がり、グラーツに寄って良かったと思う瞬間であった。

グラーツの旧市街

巨大な時計台

 城山を下り、旧市街広場で買い物解散となる。Y嬢、からくり時計(グロッケンシュピール)が丁度6時に動くので見に行きますか?と訪ねるが、プラハのからくり時計に失望していたためか、誰も行こうと言わない。そこで6時半バスに集合ということでY嬢はどこかにすっとんでいった。我々は買い物というよりは街を見て歩こうとぶらぶらしていたが、何気なく街角を曲がっていくとちょっとした広場にベンチがあったのでそこで一服していた。どこからか立派なテノールが響いてくる。どうやら声楽教室でもあるらしい。

そんなふうに座っていたのだが、ふと目にしたカフェの看板に「グロッケンシュピール」と書いてある。するとからくり時計はこの近くなのかな、と思い、歩いていくとY嬢がいる!やはりここまできてグロッケンシュピールを見ておくことが彼女の仕事なんだなと納得。一緒にからくり人形を見る。 からくり人形は民族衣装をつけた男女の人形がくるくる回るというもの。しかし5分くらいたってもまだ回り続けている。

 そこからトイレを探して市庁舎広場の方へ戻る。観光案内所にトイレがあるからと向かうが、6時までで閉まっていた。ここの裏庭が素敵なのよというY嬢に案内されて記念撮影。トイレはなんと市庁舎広場の地下にあった。

グロッケンシュピール 歌声の流れてきたアパート
市庁舎広場 州庁舎の裏庭にて

 さて、ようやくバスに乗り、ウィーンを目指す。ホテルは郊外のボーセイというホテルで東海大学に関係があるらしい。ホテルの近くには8角形の武道館のミニチュアみたいな建物もある。到着は8時を回っており、食事もそこそこにベッドに入った。

ミニ「武道館」


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